私たちが「恐怖」というとき、多くの人は悪い出来事や人物などに遭遇していることをイメージします。

もちろん、悪いことが起きて自分の災難が降り掛かってきそうだからこそ、恐怖を感じるというのは当然のことです。

しかし、恐怖を感じることの裏側に、別の感情を感じていることはありませんか?

恐怖があまりにも大きいため、その裏にある感情に気づいていないことがあります。

恐怖の裏にあるものは?

例えば、バンジージャンプ。

何十メートルと高いところから飛び降りるのは、足に強力なゴムやバネを付けて安全を十分確保しているとわかっていても、恐怖を感じます。

ただ、バンジージャンプはあなたがやりたいと思ってやっていることですよね。

高いところから飛び降りるのは気持ちいい、鳥のように飛んでいる感覚になる、景色が最高など、恐怖の裏側には恐怖を乗り越えさせる理由があるはずです。

乗り越えた先にあるものを感じたいからこそ、その前にある高いところから飛び降りるのは恐怖を乗り越えることができるのではありませんか?

つまり、本当に感じたいのはバンジージャンプをするという恐怖ではなく、その先にあるものです。

その先にあるのは「楽しさ」や「快感」などです。

恐怖は、本当に感じたいものを隠している「蓋」にしかすぎません。

そういう意味では、「恐れ」も同じことです。

恐怖を感じているからこそ

恐怖を感じているときは、あなたの日常や人生に何らかの変化が訪れています。

その先を歩き出してしまったら、どのように変わっていくのかあなたにはわかりません。

わからないからこそ、恐怖を感じます。

それは、単なる「恐れ」とは異なります。

しかし、そこで歩みを止めてしまったら訪れている機会を無駄にしてしまうことになります。

大切なのは、恐怖を感じていても前に一歩踏み出すことです。

一歩を踏み出さなければ見えないことがあります。

その先の風景を見たいのであれば、考えるより先に一歩を踏み出しましょう。

その後に何をすべきなのかは、自然とわかるようになります。