喜びというとき、あなたは何を思い浮かべますか?

おとといまで開催されていた甲子園、多くの感動を与えてくれましたが、一つ見方を変えてみると分かることがあります。

優勝したのは大阪桐蔭です。優勝するということは、地区予選を含めて全て勝ち、一度も負けていません。

一方、健闘した金足農業を含めて、優勝した大阪桐蔭以外の学校はすべて負けています。

ということは、大阪桐蔭の優勝は、地区予選を含めて他のすべての学校の敗戦の上に成り立っているということが言えます。

もちろん、負けても必ず得るものがあり、その大きさは勝つことより大切なことかもしれません。

とはいえ、他人を蹴落として得た栄誉であり、スポーツと言えども例外ではありません。

誰かを泣かせて得たものである限り、それは本物の喜びとは言えません。

たった1つの条件

「買っても負けても、感動を与えてくれたのだからいいんじゃないの?」

とあなたはおっしゃるかもしれませんが、スポーツという限定された世界だからこそ認められることです。

現実の人生で、誰かを泣かせることは良いことでしょうか?

もちろん、良いわけがありません。

ここを混同していると大変なことになります。

スポーツの世界だからこそ、相手を傷つけることになっても、故意でない限り許されています。

しかし、現実の世界では、どんな理由があろうとも相手を傷つけることは許されていません。

場合によっては刑事罰に相当することになります。

そうです。

本物の喜びであるたった1つの条件は

「誰も傷つかない」

ということです。

条件を満たすために

「誰も傷つかない」

簡単なようで誰にでも出来るようなことではありません。

私たちには感情があり、ときに感情に振り回されてしまうことがあります。

自分を見失っているとき、人は自分以外の人を安易に傷つけてしまいます。

本当に残念なことです。

「感情をコントロールする」

「怒りをコントロールする」

ということを耳にすることもありますが、感情が湧き上がってくる事自体をコントロールすることはできません。

感じていると私たちが認識する前に、感情はすでにそこにあるのですから。

コントロールしていると思いこんでいるのは、感情が出てきた後のあなたの考え方や行動の部分です。

「怒りを感じたら3つ数える」

「欲しいと思っても1週間待ってみる」

これらはすべて感情を感じた後の行動をコントロールしているにすぎません。

大切なのは、あなたが自分だけでなく周りにも喜びを与えられる存在であるかどうかです。

自分が喜びを感じられるときだけ、喜びを感じるのは当たり前です。

これまで喜びを感じられなかったようなことにも、喜びを感じられるようになってはじめて、「たった1つの条件」を満たすことができるようになります。