「愛」

言葉自体は大変素晴らしいものです。

「私はあなたを愛しています」

「自分自身のことをもっと愛そう」

愛について説いている人は、現代にも数多くいます。インターネットやSNS、リアルな場面でも見かけたことのある人が多いのではないでしょうか。

そこまで「愛」の大切さが説かれているのに、未だに数多くの事件が発生し、愛を感じられない人が多い状況になっているのか、考えてみたことはありますか?

そこにある大前提を知る

愛を言うとき

「相手のことを大切にする」

「自分にご褒美をあげる」

「いい気分でいられるように心がける」

というように、何かをすることが大切だと思う人が多いのですが、そうではありません。

あなたが好きなことをしているから、いい気分でいられるから、あなた自身のことを愛していることにはなりません。

「何かをする」

ことが必要ならば、何かをしていないとあなた自身のことを愛していないことになりはしませんか?

そんなのはおかしいですよね?

何かをするとは、言い方を変えれば

「条件付き」

ということです。

ある条件を満たさなければ、あなたは自分自身のことを愛せないのでしょうか?

あなた自身のことだけではありません。

あなたは家族や親しい友人について、あなたが課した条件を満たしてくれるから愛しているのでしょうか?

そうではないはずです。

「愛」ということの背後にある、大前提として

「無条件」

があることに気づかれたでしょうか。

太陽は、私たちが何もしなくても、たとえ太陽の暑さを文句を言ったとしても、常に輝き続け、私たちに数々の恩恵をもたらしてくれています。

空気は、私たちが普段気にも止めず、汚染してしまうことがあったとしても、無くなりはせずに私たちの周りに存在し続けています。

これが無条件ということです。

常に試されている

あなたの周りには、親しい人ばかりではなく、職場や学校など人が集まるなかに入ると、必ず気の合わない人、嫌いになる人が出てきます。

好悪の感情が出てきてしまうのは当然のことです。

「好き」「嫌い」は、時に自分の身を守るセンサーの役割をすることがあります。

だから、好き嫌いが一概に悪いわけではありません。

大切なのは、その一面だけを見て「判断」してしまわないことです。

どんなに親しい間柄であったとしても、あなたはその人のすべてを知ることはできません。

あなたが見ているのは、その人のほんの一部分でしかないのです。

にもかかわらず、私たちは「あの人は好き」「この人は嫌い」と判断してしまいます。

あなたが精神的に成長していけば、あなたの付きあう人は自然と変わり、あなたの価値観と合う人だけが残ります。

今の人間関係に不満を感じるならば、あなたが成長することです。

周りの人を同行しようとするよりも、それが一番の早道です。

あなたを成長させようとすることは、愛そのものなのですから。