私は、今も時折カフェ会に参加して様々な人と出会うことを日課としています。

それは、多くの人と会って話をするという経験が、今後のカウンセリングに活かせるからであり、また、私が目指すコミュニティを一緒に作ってくれる女性を見つけるためでもあります。

私一人の力だけで出来ることは限られています。

「核」となって盛り上げてくれる人がいるからこそ、コミュニティは維持することができます。

少なくとも私と価値観を同じくしてくれる人と会えるまでは、カフェ会巡りは続けます。

先日、とあるカフェ会に参加したときのこと、遅刻してきてほんの15分ほどしか参加できなかった女性がいました。

その方から、LINEで「カフェ会でお話しできなかったので、お会いして話しませんか?」とお誘いがありました。

私も、お話を聞くことが仕事でもあり、聞くことは全く苦にならないので、お誘いを受けることにしました。

ネットワークビジネスだと思ったら

当日、待ち合わせの喫茶店に来たその女性を見たとき、私は目を疑いました。

もう一人、見知らぬ女性を連れてきていたからです。

私は、もう一人来ることなど知らされていなかったので驚きましたが

「カフェ会で知り合って、よく会っている人なんです。」

という言葉にとりあえずは納得して、同席することに同意します。

この時点では

「もしかしたらネットワークビジネスの勧誘かもしれないけど、取り合えす話をしよう」

と思い、話をし始めるのですが、ほとんどは連れの女性がしゃべり、私と知り合った女性はほとんど喋りません。

連れの女性の話すことも私への質問ばかりなので

「これはネットワークビジネスの勧誘だな」

と確信をもちました。

2対1で相手の個人的なことを聞き出し、共感をする姿勢で聞くのは、ネットワークビジネスに勧誘するときの手口だからです。

ところが、話し始めてから40分ほど過ぎた頃、私と知り合った女性が

「実は、この方と一緒に活動していることがあって・・・」

とある冊子を差し出して来ました。

その冊子には「日蓮正宗顕正会」とありました。あの創価学会と争いを繰り広げた宗教団体です。

冊子に書いていることについて10分ほど説明を一方的にされたところで、私は

「申し訳ありませんが、これ以上説明を聞くつもりはありませんので、帰らせていただきます。」

とその場を立ち去りました。

なんと、ネットワークビジネスではなく新興宗教の勧誘だったのです。

私は何度となくネットワークビジネスの勧誘を受けたことはありましたが、まさか、話には聞いていましたが、新興宗教の勧誘を受けるとは思っていませんでした。

相手を無視した勧誘はダメ

私は、宗教自体を否定するつもりはありません。

宗教が人々の精神的支柱であった時代もありました。

今も信仰に篤い人達が数多くいらっしゃり、その多くは善良な人たちだということも分かっています。

ただし、宗教とは、人に勧誘されて入信するものではないと私は考えています。

宗教は、あくまでも個人的な信条に基づくものであって、一般の商品やサービスのように他人に勧めて入らせるものではないとも考えています。

ですから、入信したいというだけ宗教を信じればいいと思います。

ですが、入信する気のない人に、勧誘をするのはいかがなものでしょうか?

また、人と会う前には、お互いに何の目的で会って話をするのか、事前の合意が暗黙理に作られています。

ビジネスであれば「何のために」会議をするのか目的を共有することは当然です。

そして、一社会人として見たとき、前もって知らせてもいない人をいきなり連れて来て同席させるというのは、社会人として問題があると言わざるを得ません。

カフェ会がこうした目的のために利用されているという現実に、私は残念でなりません。

私はネットワークビジネスに勧誘されたこともありますが、宗教への勧誘も根本は変わらないのだと改めて感じる出来事でした。

私がホンネ女子会を開催するのも、こうした勧誘が一切ない、純粋に人間関係を広げたい、人間関係を広げて人生をより充実したものにしたいという女性の思いを形にするためです。

カフェ会で出会った人たちのコミュニティを作り、互いに支え合い、何かあったら相談することが出来る、もちろんビジネスに発展するのであれば素晴らしいことです。

参加してくれた女性の人生を、可能性あるものに広げるためにホンネ女子会はあります。

私が目指すコミュニティ像を改めて考えさせてくれた、そういう意味では、今日の体験も意味があるものになりました。