「考えごとをしていたら眠れなくなってしまった」

ということをよく聞きます。

現代人は夜遅くまで起きていることが多くなり、昼夜が逆転した生活を送っている人も少なからずいます。

ですから、日付には関係なく「寝るまでが【今日】という時間」と認識している人も多いのではないでしょうか。

明日は当然にやってこない

一方、「今日」という日がやってこない人もいます。

病気や事故、その他にも原因はあるかと思われますが、1日に何十人、何百人という人が少なくとも何らかの原因でこの世から旅立っています。

今日という日は無事に過ごせても、明日という日が必ずやってくるという確証は誰も持っていません。

にもかかわらず、あなたは今日という日に感謝もせず、明日という日がやってくるのは当然だと思い込んではいませんか?

例えば、お正月に食べていたお餅を喉に詰まらせて、呼吸困難が原因で亡くなってしまう人が少なからずいます。

痛ましい事故です。

つい数分前までは普通にお正月を楽しんでいたのに、お餅をしっかり噛まずに飲み込んでしまって、事故を起こしてしまった。

亡くなった本人も驚いていることでしょう。

何が起こるか分からないのが人生です。

何が起きてもいいように、その瞬間瞬間で備えていることも大切です。

ありがとうが意味するもの

ありがとうという言葉は、単なる感謝の言葉ではありません。

「有ることが難しい」から「有り難し」、そして「ありがとう」という言葉になりました。

感謝する、されるような状況になることが難しいほど、太古の昔は生活環境が悪かったことが想像できます。

そのため、感謝できるような状況になることは、天が、神様が、与えてくれたものだという考えが自然と出てくるようになりました。

つまり、ありがとうという言葉は「畏敬・畏怖」の念が込められた言葉でもあります。

今日という日に感謝するだけではなく、いつ来なくなるかもしれない日を経験させてもらえたという畏敬の念を持つことができたなら、他に何を考える必要があるのでしょうか。

その思いが、深い眠りを呼び込むのです。